Happy Halloween2025!
ヴィーくん吸血鬼パロディなお話。 この二人はどっちが吸血鬼でもおいしいなあと思います
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お菓子かいたずらか。
万聖節の前日に、街がにぎやかになることは知っていた。
オレンジ、黒、紫、赤と、クリスマスとは違った装いの街中を、おばけやら魔女やらかぼちゃやらをテーマにした仮装に身を包んだ子供達がお菓子かいたずらかと近隣の家々を尋ねて回る行事らしい。
その日に出会う大人たちは僕がその言葉を尋ねてくるのを今か今かと期待している様子であったし、「お菓子はいらないか」と魔女のように尋ねてくることもあった。
大人たちの思惑が如何様なものであれ、その頃は今よりも厳格に栄養管理をされていたのでたとえ渡されたとしても口にすることはなく、隠れて食べていやしないかと問い詰められるのが面倒だった思い出ばかり残っている。
お伽噺には子供を戒める存在が多くいる。
『悪いことをすれば折檻されるぞ』
『悪いことをすれば連れ去られるぞ』
『悪いことをすれば食い殺されてしまうぞ』
童話を読んで、神話を読んで、寓話を読んで、伝承を聞いて、賛歌を聞いて、童謡を聞いて。
魔女よりもおばけよりも、傷病や人が恐ろしいのだと、ある日受けとらなかった菓子を口に無理に詰め込まれたが為にベッドでうなされながら感じたものだ。
相手方は知った家の子供で、親側はイタズラだからと口にしていたがそれ以降、彼らの家がどうなったかを僕は知らない。
強盗に襲われたのだとも、吸血鬼がやってきたのだとも、蟹の毒に若くしてかかった子の為に地方へ引っ越したのだとも聞いた。
僕にとって困ったことは、以降、監視の目がより厳しいものとなってしまったことだ。ついぞハロウィンを楽しむことがないまま大人になってしまったなあとカレンダーを見上げては思い、目を離す頃には翌日のことを考える。
とあるハロウィンの晩も、そう過ごしていた。
いやに静かな夜で、どことなく落ち着かない心地で窓の外を見ていた折り
「お菓子といたずら。どっちがいい?」
先まで誰もいなかった室内から、通る声が聞こえた。
反射的に身を屈めたが、ドア付近から聞こえた声の主は既に僕の上に飛び乗っていた。
とんでもない運動神経。
体格からすると年下であろうに、おそろしい力で組み伏せてくる。
「どっちも嫌、かな」
苦し紛れに返答を行う。
にしてもこの質問、お菓子を与えるかいたずらを受けるか、というより、なんだろうか。もっと怪談話じみた設問に感じる。どちらを選んだとしても、ろくなことにならないような。そんな印象だ。誰なのかもわからないが、ハロウィンの夜の怪物だとでも?
光源の乏しい室内では、相手の顔も姿も伺えない。衣服も黒を基調としているのだろう、小柄なことはわかるが正確に測ることは困難に思えた。
「お菓子じゃないんだ?」
予想に反し、相手は会話を選んだ。
声音に弾んだ様子が見られ、興味を示している様子が伝わる。
「知らない人から食べ物をもらっちゃ駄目って、言うでしょ?」
「じゃあいたずらは?」
「きみが言ういたずらって、取り返しがつかないんじゃないかな」
「うん」
「じゃあ駄目かなぁ……!」
めいっぱい力を込めてみても、びくともしない。
まあ、ここまで距離を詰められてしまえている時点で状況としては限りなく詰みだろう。誰も駆けつけてくる様子もなし、そもそも屋敷の中が静かすぎる。察するに、なにか致命的なことが起きているのは間違いない。であれば助かる必要もないかと一瞬よこしまな考えが過ぎったが、この襲撃者とせっかくならもう少し話してみたい気持ちが勝る。
「そういえば、きみは?」
「ん?」
「お菓子といたずら。どっちがいい?」
「……この状況でそんなこと聞くの?」
「人生で一回くらいやってみたいと思って」
「ふうん」
そこで彼は会話を打ち切ってしまった。
残念、と思う間もなく、鋭い痛みが一瞬、首の皮膚に走る。
刃物ではない。もっと太くて、鋭いもの。たとえるなら杭のような。
しかし痛みは本当に一瞬で、何かが皮膚に潜っている感触はあるのに痛みは鈍化していて圧迫感のみがある。それと……。ええと。
「……えっと……」
困惑しながら押さえられた手に抵抗しようとするも、まったく力が入らない。
全身が弛緩して、頭の奥にストローでも刺されたかのようにすうっと冷えていく。
反対に、首の皮膚を中心としてあまったるい色のリボンが血流に乗って全身を駆け巡っていくようにどうしようもない煽情が引き起こされていく。筋弛緩を起こしながらも荒くなる呼吸に、これはなんの類いの毒なのかとあたりがつけられない。単純に、意識がブラックアウト寸前で思考がうまくまとまらない。
「……あ」
遠くで、襲撃者が驚いた声が聞こえた気がした。
…………………………
………………
それから。
「ヴィーくん、ただいま。おはよ~」
「……おはよ。今何時?」
「夕方の5時。もうすぐ日が暮れるよ」
「ん」
襲撃者である彼に連れ去られた僕は、全然違う国の知らない街で彼と過ごしている。
名前を教えてくれないので、ヴィダと名前をつけて。
窓という窓を閉めきった家で、僕は探偵業を行っている。
昼から夕方は僕一人で。夜はヴィーくんと一緒に仕事を行う。僕が眠ってしまうような深夜は、ヴィーくん一人で仕事をしている。
彼は夜しか活動ができないので、生活時間が異なっていた。夕方に外から帰ってくると、起きて運動を終えたヴィーくんが部屋から出てくる。
彼は一般に、吸血鬼と称される体質をもって生まれてしまったのだそうだ。
世の中の不思議として語られるものの中には、平均から省かれた人々のことを書き残し、あるときは架空の存在に仕立て上げ、あるときは悪者として物語とされたものがあるのだとか。
ヴィーくんが僕用の食事を作っている間、ポストに投函された夕刊を取りに行く。
見出しを確認し、さっと全体に目を通す。
女性の内臓を狙った連続殺人鬼が話題になったのも記憶に新しいが、著名人の不審死、教会への入信者の増大、傷が治りにくいウイルスの発見など、今日も話題にこと欠かない紙面を畳み、ヴィーくんの元へ戻る。
「新聞、置いとくね」
「中は見てない?」
「テレビ欄だけ見たけど」
「面白いのやってた?」
「うーん。あ、長距離列車の旅特集あったよ」
「いいね。見れる時間ならみよっか」
「うん。今夜は街に出なくてよさそうだし、見れると思うよ」
程なくして食事が運ばれてくる。
ヴィーくんの食事管理は完璧で、余計なものは一切ない。
それでもおやつを食べることは適度に許してくれるので、一日一つのケーキやドーナツを食べている。
飲み物は基本的に紅茶かコーヒー、もしくは水。
どのぐらい砂糖を入れて、ミルクを入れるかもヴィーくんには報告している。
というのも、彼が僕を連れてきた理由は一重に彼の食事のためだからだ。
吸血鬼の名の通り、彼は人の血を飲む。「トマトジュースでは駄目。そもそも血じゃないし」とは彼の談。輸血パックは手に入れるのが面倒だし、なにより成分が調整されているので美味しくないのだそう。
普通の人とは代謝の仕組みが違うので、吸った血は消費するまで体内で貯蔵できるのだという。だからヴィーくんはニュースで評判になった殺人鬼や罪人を特定し、目立たない程度に襲撃していた。
だがそれにも限界があり、あの夜、屋敷を襲撃してきたのもあんまりにもお腹が空いていて、評判の悪い貴族の家がたまたま目についたから全部吸ってやろうと思ってやってきたのだという。
あの家には相当数の人間が居たはずなので、しばらくは食料に困らないと薄いお腹をさすっていたが、それにしてももう三ヶ月は経過している。
「ヴィーくん、今日は飲む?」
僕はこの三ヶ月の間、時折ヴィーくんに血を与えていた。
どうやら大切に育てられた甲斐もあって、僕の血はすごく美味しいのだそう。その味に惚れ込んだ故に僕を生かして、味を変えないようにヴィーくんは手間暇かけて面倒を見てくれている。
「ううん……まだ、いい」
「そう?前にあげてから、結構経つとおもうけど」
「大丈夫」
「そっか」
大丈夫、とはいいながら、熱の籠もった視線が首筋に向けられているのはわかる。
お腹空いているんだろうなあ、と思いながらも、血は人間にとっても生きていくのに必要な成分であり、失いすぎればもちろん死んでしまう。
ヴィーくんにとっても避けたいだろうし、そうなると僕に出来ることは健康に過ごして美味しい血液を十分な量作れるように努めることだけだ。
「無理しないでね」
「うん。そのためにも、あんたも健康でいてよ。風邪引かれたらまずくなる」
「あはは、そうなんだ。ウイルスって味するの?」
「するよ。細菌も寄生虫もヘンな味がするし。だからあんたは健康でいてくれないと、オレが困る。あんたこそ無理しないでほしい。弱いし」
「はは……」
血を主食にしたことがないので全く想像できないが、食の全てが血液ともなるとそういったこともわかるのかと驚く。
確かに献血は薬や栄養剤、病の有無で出来ないことがあると聞くし、ウイルスや細菌と戦っている間の体は血液にも様々な変化が生じるので言われると納得だ。医者ではないので詳しいことはわからないけど。
そこまで考えたところで、あらためてヴィーくんの表情を見る。
日に当たれない特性ゆえ、彼の肌はきわめて白い。しかし、今日はそれにしたって血の気が少ないと感じる。端的に評するならば、具合が悪そうに見えた。
「ヴィーくん、本当にお腹空いてない?」
「大丈夫だってば。それに、すごいお腹空いている時にあんたの血なんて飲めない。味が濃すぎて」
「えっ。僕の血、そんなどろどろなの……?」
「どろどろじゃないよ。でも贅沢品の味がするから、だめ」
「贅沢品……」
高級とされる食材ばかり口にしてきたのは事実なので、落ち込めもしない。
心にちくりと刺さったトゲをどうにか処理しながら夜を過ごし、ヴィーくんと別れて自室に入る。
ベッドに入り、天井を見上げながらぼんやりとトゲを溶かしつつ考える。
ここに来てからはヴィーくんが用意する食事を摂っていたので、血液の成分もだいぶ入れ替わっている筈なの
に、まだそんな味がするのだろうか。
あれ。それならば味が大きく変化してはいないか、と思い至る。
献立を見るに、栄養素は今の食事でも十分に整えられているが、食材は一般的に手に入るもので用意されているはずだ。少なくともヴィダに頼まれてメモを片手に向かったスーパーは大衆向けであったし、間違えて高い野菜を買っていった時は、呆れながらも野菜ごとの平均価格や迷った時の買い方の目安を教えてくれた。
なので、もう長らく元の家で食べていたようなものは口にしていない。
すっかり入れ替わった血液をヴィーくんは今も美味しいと思っているのだろうかと思うと、不安になってきた。ひょっとして口に合わなくなってしまって、言え出せないのではないだろうか。
血液の味という、自分にはわからない部分だけに確かめられないのが不安を煽る。
「うーん……」
寝心地の悪くなってきたベッドから体を起こし、サイドベッドの引き出しを開けると小さなナイフを取り出す。幼い頃は大きく見えていたそれも、今見ると小ぶりに見えるものだ。
刃先を指に押し当てれば、皮膚に一筋の線が走る。
試しにぱくりと指先を咥えてみても、血液の味、ということ以上の情報はまったく手に入らない。
幼い頃に頬を殴られた時に感じた鈍い味と、記憶に相違はないように感じる。
やがて血が止まったので、簡単に消毒を行うと絆創膏を巻いた。
解決しないもやが晴れないままベッドへ戻り、布団を引き上げて目を閉じる。
こういう答えの出ない考え事を夜にするものではない。
星明かりも月明かりも、街の明かりだって一つも入らない部屋で落ちた眠りは、思いの外、早く妨げられることとなった。
「……んえ……?」
「あ。起きた」
「ヴィーくん……?」
寝付いて時間が経っていないのだろう、強引に覚醒された脳は重く、体も重い。
いや。体が重いのは上にヴィーくんが乗っているからだ。
上にヴィーくんが乗っている?
「ヴィ、ヴィーくんなにしてるの?」
「あんたが飲めって誘ったんじゃん」
「誘ったっけ!?」
ふわりとヴィーくんの髪が鼻先を掠め、首元に埋まる。
ほのかに夜気を漂わせた体は冷えているのに、皮膚に触れる吐息はやたら熱を帯びている。
「おいしそ……」
「う、うーん……おいしいかな……」
「おいしいよ。オレのデザートだもん」
つぷ、と皮膚に牙が潜り込んでくる感触に一瞬全身が強ばる。
やがて脳がとろりと麻痺していく感覚に身を委ねながら、まとまらない思考をなんとか結ぶ。
そっか。ヴィーくんにとって僕は主食じゃなくて、デザート枠なんだ。
熱心に首に吸い付いて、夢中で僕のことを味わうヴィーくんの頭を撫でながら、なら主食はどうしているのだろうと考えて、すぐに放棄する。手立ての目処がつかないようなどうにもならないことを提言するのはただの我儘であるし、僕はヴィーくんを困らせたくはない。
ヴィーくんがおいしいのならおいしいのだろう。とりあえずはそれだけでいい。
「血、吸われると気持ちいいんだってね。どう?オレに血を吸われるのって、お菓子を与えている気分なの?それともいたずらされてる?」
「うーん……」
くらくらとした頭で、ゆっくりと息を吸って、吐き出して。
頭を撫でていた手がしがみつくような状態になってしまっていたことに気がついて、ヴィーくんの首筋に手で触れる。
「よいっしょ」
「わっ」
くるん、と体勢を入れ替えたら、ひどい目眩に見舞われたがなんとか耐える。
「お菓子をあげている気分で、いたずらしたくなる気分になる。かな」
我慢しているんだけどなぁ、と額に口づけすると、冷えている筈の体が熱く感じた。
あれ、ヴィーくんも……というか、吸血鬼って風邪引くんだろうか。でも他に症状はなさそうだし、食事を終えて元気なのだろう。
うん、肩も腕も、お腹のあたりも温かい。冷えているヴィーくんもかわいいけれど、温かいと安心する。
お菓子かいたずらか。ヴィーくんは実のところどちらがいいのだろうと思いはするけれど、どちらかといわず両方がいいよね。文句はあとでたっぷり聞こう。
ヴィーくんが僕にするように、彼の首筋を軽く噛んで、ぺろりと舐めてみる。
心なしか甘いような心地に満たされて、僕は次のいたずらに手を進めるのであった。