「わーんヴィーくんひさしぶりー!」
出会い頭に抱きつかれて面食らう。そんなに久方ぶりだったかと困惑した様子のヴィダがクリスの背をぽんぽんと撫でていると、隣からバートが「オレはー!?」と抗議の声を上げ、そんな彼をなだめるシャルロットの声がして。そのにぎやかさを耳にすると、確かに久しぶりなのかと肩の力を抜く。
遡ること三ヶ月前、とある大国で起きた政治のいざこざをきっかけに、住まいのある国の状勢も不安定になった。それ自体はさして問題なかったのだが、組織に大量の依頼が舞い込んでしまい、ヴィダも各国を回って対応に追われることとなった。
バートやシャルロットと顔を合わせるのも一ヶ月ぶりだろうか。乗り継ぎの空港でシャルロットとばったり出会った時はケーキワンホール分の愚痴を実に十二時間、仮眠も取らずに聞いていた。
機内で十分に眠ったとはいえ、手足に砂が詰まったような疲労が重く体に残っているなか、現地空港でバートとも合流し、こうして預けていたクリスを迎えにきたのだ。
「おつかれさま。災難だったね」
「おつかれさまです」
抱きついていたクリスを離して、彼を預かってくれていた上司に挨拶をする。
彼の傍はある意味ではクリスにとって安全な環境のため、預かってくれるというのならとお願いするのだが、冷静な感情で思い返すとどんな状況なんだろうと思う気持ちもある。彼に近い立場の人間から見ると驚くほど楽しそうとのことなので、ならばいいかと流しているのだが……。世の中には突き詰めたほうがいい問題と曖昧にしたままのほうがいい問題があるもので、この問題に関しては後者だろうなとヴィダは捉えていた。
「君たちのおかげで繁忙も収まったからね、帰国するまでは休暇を楽しむといいよ」
「ありがとうございます。ボスは明日帰国ですよね」
「そうだよ。あとはよろしくね」
ちらりと目線が外れたので後を追うと、少し離れたところでバートと戯れているクリスがいた。
どうやらここで食べた美味しいものの話をしているらしい。腰に抱きつきながら食べたいとねだってくるバートをゆるやかに引き離そうとしている。本当に、磁石のように他人を引き寄せる人間だと嘆息する。
三ヶ月も離れると寂しい感情も一周するもので、小道一つ分離れた岸辺から見たときのように、近頃は意識していなかった部分を認められる。
「なあなあヴィダー、今夜お祭りあるんだって!行こうぜ-!」
「ええ……。何時間かけて来たと思ってるの。シャルだって疲れているでしょ」
ボスお気に入りのこの国は独特の文化形成がされている。
様々なゲームを遊ぶなかで、ヴィダらのいる圏とは違う風土を持つこの国を楽しみたい気持ちはヴィダにもあるが、それにしたって疲れたとシャルロットに同意を求める。
「おまつり……わたあめ……かき氷……チョコバナナ……」
自分より体力のない彼であれば乗ってくれるだろうと思ったのだが、シャルロットの表情はお祭りの一言にきらきらと輝いていた。
これはもう、どうあがいても行くことになりそうだと肩を落とす。
「ヴィーくん荷物運ぶの手伝うよ」
「ありがと」
「オレも行くー」
「あ、待ってよ。ボクも行く!」
ひらひらと手を振って見送られながら、四人で部屋に荷物を運ぶ。
扉を開くと、嗅ぎ慣れない、爽やかな乾いた香りが鼻先に触れた。
靴を脱いで上がると、フローリングほど固くはないが歩きやすい床の感触に驚く。
「なんかねー、レグナムさんが今日お祭り行くならってジンベエっていうの買ってくれたんだよ」
「え」
「ふふ、あとで持ってくるね。浴衣と違って簡単に着られるみたい。お祭り行く頃になったら起こすから、少しお昼寝する?なんかねー、おふとんっていうのがあってね」
言いながら室内にある引き戸を引くと、そこから布団を取り出して慣れた調子で敷き始める。
自分でベッドメイクも出来ないのに、と驚くも、三ヶ月もこの国にいれば文化にも慣れるかと思い直す。なにをどう考えてもボスは自分で布団の用意などしないだろうし。
「ちょっとよれてるのはごめんね」
「いいよ、これどうなってるの?」
布団のチャックを下ろし、中の構造を確かめる。それからシーツを伸ばし、寝床を整えながらバートに声をかけた。
「バートも自分で敷きなよ。ちょっと寝ないと後で眠くなるよ」
「えー、オレのも敷いてよー」
ぷうと口先を尖らせながら自分の荷物を整理しているバートに、クリスが笑いながら「いいよー」と返す。
少しだけ面白くない気持ちになりながらも、ヴィダも自分の荷物整理に取りかかる。
昼寝するにしたって、まずはシャワーを浴びて着替えたい。
「二枚あればお昼寝はできるんじゃないかな。じゃあクリスさん、ボクたちちょっと休みますね」
「うん、おやすみー。夜に迎えにくるね」
手際よくお風呂セットを取り出し終えたシャルロットがそう言って、先にクリスが部屋を退出する。
さて、大浴場に向かうか、一人ずつ室内に設えられたシャワールームを使うか。どうするか尋ねようとして、バートがこっくり、こっくりと大きく舟を漕いでいる姿が目に入った。
「ちょっと、そのまま寝るの?」
「うー……だってえ……」
瞼をぐしぐしと擦るバートを起こそうと揺さぶるも、既に彼の眠気は全身を回っているようでくたりと布団へ倒れ込んだ。
「バート疲れてたんだね。ヴィーくんはどうする?ボクはお風呂入りたいから大浴場行こうと思ってるし、シャワー使ってもいいよ」
「ん。じゃあそうする」
シャルロットを見送り、シャワールームに入ると頭から熱いシャワーを浴びる。
水が豊富に使えるというだけでどれほど有難いことか。
全身の不快感がお湯と共に流され、ふかふかのタオルで水分を落とせば心地よい室温が肌を冷やしてくれる。ボスがこの国を好む理由も理解できるな、と考えながら、髪の水分をタオルに吸わせていく。
にしても眠い。
この部屋の香りが妙に落ち着いた心地にさせて、うつらうつらとしてくる。
(髪、乾かさなくちゃ……)
でも眠い。ちょっとだけ。瞼を少し閉じるだけだから。
「ヴィーくーん?起きれる-?」
はっとした。
壁にもたれて髪を乾かすうちに、すっかり寝こけてしまったらしい。
「寝てた……」
「うん、ぐっすりだったね」
クリスの背中越しに、同じようにシャルロットに起こされているバートが見えた。まだ眠いとぐずっているようだ。
「……シャルはもう起きてた?」
「うん。僕が来たときには起きて、なにか作業してたみたいだよ」
見ると、窓辺に置かれたテーブルにシャルロットのパソコンが置いてあった。
シャルロットを見ると、すっきりとした明るい表情をしているのでリフレッシュは出来たようだ。
「シャルくん、お祭りすごい楽しみなんだって。なんかね、ふわふわの雲みたいなお菓子があるんだって」
「キャンディフロスのこと?食べたことないの?」
「え、こっちにもあるの?食べたことないや~」
そういえば先日行った遊園地では見かけていなかったっけ。
「それがねヴィーくん、こっちのは白いんだって」
「へえ、そうなんだ?味も違うのかな」
「気になるよね~」
バートの着替えを手伝いながら答えるシャルロットに頷きながら、帰国したら少し前に話題になっていた七色のやつを買っていったらクリスはどんな顔をするのだろうと心を弾ませる。
クリスに甚兵衛の着方を教えてもらいながら袖を通し、あまりの軽さに少々心許ない思いを覚えつつ四人で外に出る。
そこでボスとその護衛である二人と合流し、みんなで少し離れたところにある神社のお祭りへとやってきた。
赤い鳥居と、橙の提灯がゆらゆらと揺れ、多くの人々が参道を賑わせながら行き交っている。
左右にずらりと立ち上る屋台も様々で、どれもこれも美味しそうな香りを漂わせていた。
「人が多いから、好きに回ってあとで合流しようか。一時間あればいいかな」
ボスの言葉に、いち早く元気な返事をしたのはバートだ。
「はーい。何かあれば連絡します。んじゃシャル行こうぜ-!オレあれやる。絶対ゲーム当てる!」
「わ、バート待って!ああいうのは一等なんて入ってないんだってー!」
言いながら人だかりの中へあっという間に消えた二人を見送り、ヴィダもクリスと屋台を巡ることにする。
「わーヴィーくん見て、カメ掬うんだって。あ、あっち見て、イカ焼いてるよイカ。あれはなにかなぁ」
好奇心の赴くままに屋台を見てまわるクリスに付き合いながら、スーパーボールも取れず、水風船も取れず、食べ慣れないものを口に運んでははしゃぐ彼を面白いなと見守る。
最初は外国人が来たと身構える屋台のおじさんも、流暢に現地の言葉を話しながら一喜一憂する様が面白いようで、気がつくとおまけだと色んなものをくれた。ついでに隣に立つヴィダにもくれるので、参道の端っこに着くまでに両手いっぱいにものをぶら下げて歩いていた。
「あの屋台で最後みたいだね」
「うん」
「すみませーん、これどうやるんですかー?」
射的、と書かれた屋台で、ライフルのようなおもちゃの銃と的になっている景品の数々。
あれか、的当てゲームみたいなものか、と挑戦している子供たちを見る。
的当てゲームと違うのは、的が流れてくるのではなく静止していることと、ただ当てるだけでは景品がもらえないということだ。目玉としている景品は殆ど落ちないような位置に置かれていたり、場所によってなんとか落とせることもあるといったような状態のため、無難に箱に入った菓子を狙うのが正解だろうか。
ケチャップをたっぷり塗ったフランクフルトを囓りながらそんなことを考えていると、クリスが屋台の店主に料金を支払っていた。
ヴィダが次の一口を囓ろうとして、一瞬。
歯がやわらかなケチャップに触れ、張り詰めた皮に触れるまでの刹那にも満たない瞬間、喉奥にそっと刃先を当てられたようなひりついた風が流れた。
「おっすごいすごい!落ちたよにいちゃん!やるねえ!」
「あっ、倒れました!やったー!」
その感覚は瞬く間に歓声に破られ、クリスがうさぎのぬいぐるみを店主から渡されているのが目に入った。
なんだろうか、今の感覚は。酷く見知った、馴染みのある感覚にも思うが……。気の所為だろうか。
「運がいいねえ!次はなに狙う?」
「あはは、さっきもじゃんけん勝ったんですよ~。じゃあ、うーん。お菓子がいいかなぁ。ヴィーくんなにほしい?」
「じゃあ、キャラメル。あれとって」
「当たるかなぁ!?」
店主も熱い応援をぶつけてくれるも、なかなか小さな箱に当てられず。
一発なんとか当たったものの、惜しくも倒れるだけで下には落とすことができなかった。
「ああ~残念!」
「難しいですねー……。ありがとうございました。ヴィーくんはやる?」
「いい。まだ食べ終えてないし」
「そっかぁ」
店主に礼を言い、クリスと屋台を離れる。
参道の端にずれ、時計を確認する。まだ集合までには時間があった。
「まだ時間あるから、あと二つくらいなら行けるかも」
「そっかー。僕はだいぶ遊んだから大丈夫かな。ヴィーくん、もう一回食べたいものある?」
「ううん。でもあれ楽しかったね。フランクフルトの屋台にあった、パチンコってやつ」
「あー!うんうん、楽しかった。三本取ってみたいよね」
「うん。三本食べたかったな」
「う……。あれはちょっと運がなかったかなー……」
一回買うと、玉を発射する仕掛けを飛ばし、その玉が入った場所によって三本までおまけがついてくるという屋台があったのだ。クリスはじゃんけんで勝つとチョコバナナ三本、のおまけは勝つことが出来ていたが、フランクフルトはおまけ無しだった。
ちなみにヴィダ自身は一つも屋台を選んでおらず、挑戦もしていない。
毎回クリスにやらせては、彼が悪戦苦闘するのを楽しんでいた。
「時間あるならもう一回行こうよ。美味しかったし。今度はヴィーくんやってみない?」
「うーん」
「ね。せっかくだし、一回くらいやろうよ」
そうにこやかに提案するクリスはいつもの彼で、殺気や剣呑さとは無縁な、のほほんとした表情と雰囲気をしている。
「……あのさ。あんたってなんか運動はしてた?」
「うーん、家が厳しかったからなー。習い事は楽器や勉強が多かったかな」
「そっか」
「でも、昔のことはあんまり覚えていないことにしたんだ。楽しいことじゃないからさ」
奇妙なものの言い回しに、疑念を呈そうとして……やめる。
楽しい話題ではないのなら、無理に話すことでもない。
気にはなるが、そこを追ったとして得られるものが不和なのであれば藪に飛び込むべきではないのだ。
せっかく今日から休暇で、楽しい日々なのだから。楽しい日は楽しいまま終わらせたほうがいい。
ぎゅ、ともらったぬいぐるみを握る。
ふわふわとした柔らかな感触を確かめながら、ゆっくりと、長く息を吐いた。
「フランクフルトと、もう一回あれ見たい。カルメ焼き」
「わあ、いいね。あれすっごい面白かった」
「うん。面白かった」
ぐい、とクリスの手を引いて人混みの中へと歩いていく。
時間めいっぱいまで遊ぼうと、さらに両手を一杯にしながら二人は賑わいを大いに楽しむのであった。
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あとがき。
クリスくん、銃はためらいなく撃てるし上手だといいよねっていう。
夏祭り行ってほしいなー!夏終わるまでに書きたいな!ってしていたら立て続けに日本っぽいところへ旅行いく話になってしまいました。てへ。
ヴィーくん、最近お仕事忙しそうで全然おうちにいないね…ごめんね…。
みんなでお家帰ったあと、ユニコーンカラーのわたあめ買ってきゃっきゃってしてほしいです。