不可解な人と不確かな人(ボスクリ)

護衛さんたち視点のボスクリが日本っぽいとこに旅行に行ったときの話。

クリスくんとまだそこまで仲良くなっていなくて、あの二人付き合ってんのかなーどうなんだろって二人で噂しているような頃合いの時系列。

ヴィーくんたちがお仕事でクリスくんのお世話を任せられる人がいない時はボスが責任もって面倒見てくれる(クリスくんは嫌だろうけど)んですが、クリスくんのお世話自体は部下任せなんだろうなーって思ってます。出来るんだろうけどやんないんだろうなぁ。

 

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見慣れない文字がずらりと並ぶ空港にて、ぶすっとした表情の青年がいた。
彼の名前はクリス。かつての名門貴族の末裔であり、この土地へは初めてやってきた。
「ほら、いつまでもふて腐れてないの」
「むう。誰が好きであなたと旅行しなくちゃいけないんですか……」
見るからに不機嫌です、といった表情を浮かべる彼の頬を突いているのは、彼の家が滅びた虐殺事件を執り行った組織の長であり、名をレグナムという。この国は彼にとってお気に入りの場所だった。
「君が自分で自分の面倒を見れる人間だと信用を得なかったのが悪いのだろう」
「……」
だんまり。
ふて腐れているクリスを見て面白そうにしているレグナム。その後ろ、数メートルの距離を空けて二人を見守っているのは、レグナムの護衛であるダニエルとエリックだ。
二人ともそれとなく他人を装い、ばらばらの位置を歩きながら周囲に気を払ってはいるものの、それでも自らの上司とそのお気に入りとのいちゃつきっぷりを目の当たりにしながら、なにも気にせずに歩くのは骨が折れる。この二人はいつでもどこでもこんな感じなので慣れたといえば慣れたし、長年、日の目を浴びてはならない仕事をしていたので今更そんなことで失態は冒さない。
とはいえ。気にはなる。
前を歩く自分たちの上司を見ながら、間違ってもこんな表情を浮かべたことはこれまでなかったんだけどなぁと、二人は思う。
友人も恋人も、親族の話一つ口にしないレグナムは二人にとって尊敬する上司で、おそろしい人で。甘党なことと車が好きなことぐらいしか知らなかった。それで十分であったし、必要なことがあれば聞けばいい。そう考えていたし、それで実際に事足りていたのだ。
故に彼らはクリスと話すレグナムを見て、自分たちはこの人のことを何も知らないし、知らなくても支障がない間柄なのだということを最近になって知るに至った。だからといって何が変わるでもないのだが。
「で、これからどこ行くんですか?」
「そうだねえ。どこ行こうか」
「何も考えていなかったんですか……?」
「考えてはいるけれどね。君はどうしたい?」
二人の会話はいつだってひどく回りくどい。
クリスは他人の意見を優先する性格であり、対してレグナムはそれを理解しているので彼に意見を求める。
最終的にはどうするか決めておきながら、だ。
今日だって、既にどこに宿泊するかは決めてあり、それを知るダニエルとエリックの二人はてっきりそこへ向かうのだと思っていた。あんまり突拍子もないことを言われても移動が面倒くさいのだが、護衛でしかない二人に意見を言う権利はない。正確に言うとそんな権利、与えられたくもないというのが正しいが。
「そんなこと言われても、僕はこの国に来たことないですし……」
「なにかあの子たちに買っていきたいものとかないのかい」
「あー……なら、有名なゲームのグッズ売ってるお店とか行きたいです。あとはうーんと、なんでしたっけ。抹茶?でしたっけ。ヴィーくんが気になってたんで、買っていきたいです」
やりとりを思い返すように視線を宙で彷徨わせ、浮かんだことを口にしていく。
自分の行きたいところではなく、おみやげで選んでいるところが実に彼らしい。レグナムは一つ頷くと、彼に返す。
「抹茶ねえ。どこでも買えると思うけど」
「お茶なんですよね?」
「お茶だけどね」
「?なにか違うんですか」
興味を引かれたのだろう、レグナムに目線を向けて抹茶とは何か。ついで緑茶と紅茶、中国茶の違いの説明に耳を傾けている。
そのまま世界の茶文化の話に移行しながら二人はどんどん歩いていくので、結局どこに行くのか不明なまま列車を乗り継ぎ、移動していく。
結局目的地はレグナムの中で決まっているようで、連れられるままクリスは時にはしゃぎ時に文句を言いつつ楽しんでいた。後ろから着いていく二人も途中から巻き込まれてしまったので、彼らの言動にはらはらしながらも観光をそれなりに楽しむ。
そうこうして土産を買ったり、また移動したりしてようやく着いたのは山の麓の温泉宿。海外からの観光客にも慣れた調子の女将に出迎えられ、部屋まで案内を受ける。
「じゃあまた明日」
「二人ともゆっくり休んでくださいねー」
ひらひらと笑顔で手を振るクリスに、同じく笑顔でエリックは返し、ダニエルも苦笑いで返す。
当たり前のように同じ部屋なんだよなぁ。と。うっかり余計なことを口にしないよう、耐えていた。ボスの耳は地獄耳なので、多少離れた程度では何を聞かれたかわかったものではない。
エリックとダニエルは寮でも相部屋だし、ただの護衛が一部屋ずつ与えられるだなんて費用がもったいない。警護に夜通しどちらかは起きているのだし、二人としては車中泊でも構わなかったのだが、それだとクリスが気にするという理由で今回宿泊することになったので、自分たちが相部屋になるのは言わずもがな。
しかし、あの二人はなんだって当たり前に同じ部屋に宿泊するのやら。それにクリスは疑問を持たないのだろうか。
「いや、そりゃ文句言ってんだろうけど……どうせあの人の場合、諦めるでしょ」
「まあそうか……」
自分たちにあてがわれた部屋の中で、エリックにこぼすと彼はやれやれといった調子で返す。
「どうだっていいけど、あの人もわかってんなら受け入れるなりなんなり、わかりやすくしてくれればいいのにさー」
「嫌がってるようにみえるけどな」
「やー、あれはフリでしょフリ。ボスかわいそ~」
風に吹かれた葉のような気楽な調子で言うエリックに、ダニエルは押し黙る。
「なに。もしかして本当にあれが嫌いなように見えてるわけ?」
「嫌じゃないのに嫌っていう理由もよくわからないしな……」
心底嫌いではないのは見ていてわかるけれど、なら素直に言えばいいのにというのがダニエルの所感なのだが、エリックはけらけらと笑って腕を頭の後ろで組んだ。
「お前にゃーわかんないかー。ん?でもさ、お前だって嫌って言ってくることあるけど結局は好きじゃん。そういう感じじゃね?」
「なんの話だ」
「え?そりゃ」
「やっぱいい。見回りいってくる」
あっけらかんととんでもないことを口にされる予感がしたので、話を適当に切り上げて立ち上がる。「へーい」と気軽な調子で手を振るエリックは仮眠を取るつもりなのか、帽子を目深に被ってひらひらと手を振ってきた。部屋を出て、静かな廊下で小さく息を吐く。
確かに、自由奔放な相方の面倒をいやいやながら長年面倒を見てここまでやってきたのだ。あっちも似たようなものなのかもしれないが、ダニエルからすれば自分たちの上司はおろか、クリスもクリスで底が見えず感情や思考が読み取りづらい。あの人の浮かべる感情も、思考も、触れれば弾けてしまいそうなほど実体がないように思えるのに、いざ触れてみれば異様に親しいもののように感じるのだ。あって当たり前の、そう、空気のように。様々な必要なものと不必要なものと毒とをばらばらと含んでそこに在る。
そこまで思考して、やはり必要のない考えだとかぶりを振る。
クリスがどのようなものであれ、レグナムが彼をどう扱いたいのか考えていたとして、彼の役割には関係がない。守れといわれれば守るし、殺せと言われれば殺すだけだ。
と、そこで隣室の扉が開く。
視線を向けると、タオルを抱えたクリスが廊下へと出てきた
「あ、ダニエルさんだ。ダニエルさんもお風呂ですか?」
「いえ、ちょっと散歩しようかと思いまして。あの、ところでお風呂とは……お一人でですか?」
「はい。レグナムさん、お部屋のお風呂入るって聞かないんで僕ひとりで行ってきます。せっかく来たのに入らないのもったいないかなーって」
「……そうですか」
大浴場に上司がいるイメージがまったく思いつかなかったので、ほっとしてしまう。それで言えば、目の前でのほほんと立つこの人もそんなイメージないんだけどなぁと考えていると、彼はうーんと何事かを考え込む。少し嫌な予感がするのは、彼との付き合いがそこそこ出来たからだろうか。
「でも、着いたばかりですし僕もお散歩いきたいです」
「え」
「庭園が綺麗だってパンフレットにありましたし、一緒にいきましょうよ」
にこにこと、屈託のない笑顔でおそろしいことを提案してくる。どう答えるのが正解なのかと、冷や汗をだらだらと掻きながら悩んでいると、ひょいと部屋から上司が顔を出す。
「なに部屋の前で困らせてるの。そんな暇あるならこっちにおいで」
「え!困らせてるんですか僕!?」
「困らせているだろうに。ほら、君も災難だったね。これは掴まえておくから一人を楽しんでおいで」
「……ありがとうございます」
小さく礼をすると、クリスは部屋に引きずり込まれていった。
ぱたんと音がして扉が閉じられると、中からは小さくなった悲鳴が聞こえるが、すぐになんの音も響かなくなった。
やれやれ。頼りになる上司だ。
全身の疲労を短く吐くと、気持ちを切り替える。今度こそ邪魔されないうちに仕事を済ませよう。
決意と共に、ダニエルは足早にその場をあとにするのであった。